
こんにちは。税理士法人Accompany代表の佐藤修一です。
「労働分配率(ろうどうぶんぱいりつ)」という指標は、経営本や金融機関の資料でもよく登場しますが、
実際の経営現場では、
- 60%以内なら良いと言われても理由が分からない
- 悪いと言われても具体的に何を改善すれば良いかが分からない
- 他社と比較しても高いのか低いのか判断できない
という悩みを抱える経営者がとても多いです。
この記事では、経営初心者の方にも分かりやすく、
- 労働分配率の正しい意味・目的
- なぜ昔から重宝されてきたのか?
- どこに限界・デメリットがあるのか
- 労働分配率が高くても黒字経営の企業例
- 経営判断に本当に使える「人件費控除後粗利益」の考え方
- 労働分配率の正しい使い方(誤用を防ぐポイント)
を整理してお伝えします。
目次
1 労働分配率とは?初心者にも分かりやすく解説
1-1 労働分配率の定義と計算式
労働分配率=人件費 ÷ 付加価値
付加価値の定義は複数あり、実務では次の計算方法がよく使われます。
- 粗利+人件費
- 営業利益+人件費+減価償却費
定義がバラつくため、労働分配率は会社間で比較しにくい指標です。
1-2 「60%以内なら安心」という経験則の落とし穴
本来の労働分配率は、自社の
- ビジネスモデル
- 利益計画
- 返済計画
から逆算して決まるべき指標です。
どんな会社にも当てはまる「理想の60%」は存在しません。
2 なぜ、労働分配率は昔から重宝されてきたのか?
労働分配率には弱点が多いにも関わらず長年使われてきた理由は、
「人件費が過大かどうか」を手軽に判断する代替指標が他に存在しなかったからです。
経営者は常に、
- うちは人件費が高すぎるのか?
- もっと採用して良いのか?
といった不安を持っています。労働分配率は、その疑問に“なんとなく答えを出してくれる”指標だったのです。
2-1 本来は「量(労働時間)」×「価格(時給)」で人件費の適正を判断する
実際には、人件費が過大かどうかは次の2つを分けて考える必要があります。
- ① 仕事量に対して「人(労働時間)」が多すぎる → 生産性の問題
- ② 一人あたりの「時給(人件費単価)」が高すぎる → コスト構造の問題
しかし、労働分配率ではこの本質的な分解ができず、
“人件費が高い=悪い”という誤解を生みやすい特徴があります。
3 労働分配率の限界・デメリット(経営判断に向かない理由)
3-1 同業種・同ビジネスモデルでしか比較できない
飲食店でも、高単価レストラン/セルフサービス/テイクアウト専門では人件費構造がまったく違います。
また、都市部と地方とでは、人件費相場が大きく異なります。
業種が同じでも、ビジネスモデルや展開エリアが違えば労働分配率で比較してはいけません。
3-2 改善点が分からない(行動に結びつかない)
労働分配率が高いと言われても、それが
- 人が多いのか?
- 時給が高いのか?
- 粗利が低いのか?
区別できません。
改善すべきポイントが分からない指標は、経営判断には使えません。
3-3 営業利益・経常利益とつながらない【最大の問題】
労働分配率は「利益」を直接表す数字ではありません。
そのため、
- 労働分配率は良いのに赤字の会社
- 労働分配率は悪いように見えて黒字の会社
が普通に存在します。
労働分配率が高い=悪い と判断するのは、極めて危険です。
この誤解は、採用の抑制・無駄なリストラ・必要な投資の先送りにつながります。
3-4 定義がバラバラで比較が難しい
付加価値の定義が複数あるため、他社比較が困難です。
3-5 粗利益の変化に左右されやすい
売上、商品・サービス構成比の変動で短期間に粗利益が大きく揺れ、人件費が適正化の判断が難しい
4 労働分配率が高くても黒字経営の企業:SCSK(東証プライム)
労働分配率が高くても健全経営を続ける代表例として、
SCSK株式会社(証券コード:9719)があります。
大手SIerとして高賃金・働き方改革・健康経営に積極的で、社員還元が大きいため労働分配率は高めです。
にもかかわらず高収益を維持し続ける「ホワイト企業」の代表格として知られています。
| 項目 | 数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 推定労働分配率 | 約60〜65% | 情報サービス業の平均的水準(50%台)と比較して高めの水準を維持しています。 |
| 営業利益 | 570億円 | 前期比で増益を達成しており、非常に安定した黒字経営です。 |
| 自己資本比率 | 57.1% | 一般的に健全とされる40%を大きく超えており、財務体質は盤石です。 |
この例が示すように、
労働分配率が高い=悪い、低い=良い という判断は完全に誤りです。
5 労働分配率の正しい使い方(誤用を防ぐためのポイント)
5-1 労働分配率だけで判断しない(単独使用はNG)
必ず、粗利額・人件費額とセットで確認します。
数字の上下だけを見て「人件費が高い」と決めつけてはいけません。
5-2 月次ではなく「直近12ヶ月の合計」で見る
季節性や一時的な要因をならし、実態に近づけます。
5-3 同業種 × 同ビジネスモデルでのみ比較する
提供スタイル・単価・原価構造が違えば適正値はまったく違います。
業種が同じでも、ビジネスモデルが違えば比較禁止です。
- 飲食(レストラン・セルフ・テイクアウト)
- 美容室(マンツーマン型・回転型)
- 建設(元請け・下請け)
- IT(SES・SaaS)
同じ土俵で比較しない限り、数字の比較は意味を持ちません。
5-4 自社の利益計画・返済計画から適正な労働分配率を逆算する
労働分配率は本来「結果」であり、先に目標%を決めるものではありません。
正しい決め方は次の順番です。
- 利益計画を決める(今年いくら利益が必要か?)
- 返済計画を確認する(年間でいくら返す必要があるか)
- 固定費を差し引く
- 最後に「人件費として使える枠」が決まり、その結果として労働分配率が計算される
利益 → 返済 → 固定費 → 人件費の順で決まるのであり、
「労働分配率60%を目指す」という考え方は誤りです。
【具体例】
- 今年の必要利益:800万円
- 年間返済額:600万円
- 固定費:2,000万円
この会社が必要とする粗利は
800+600+2,000=3,400万円
粗利3,400万円を前提に「人件費として使える金額」が逆算でき、その結果として労働分配率が決まります。
6 経営判断に使うべき指標:「人件費控除後粗利益」
6-1 定義
人件費控除後粗利益=粗利額 − 人件費(+外注費)
6-2 この指標が経営判断に強い理由
- 利益・キャッシュ・返済能力と直結
- 構成要素がシンプルでブレない
- 時間で割れば「生産性(量×価格)」が分かる
- 改善行動(数量・単価・原価)に直結
- 人件費上昇時代に強い指標
7 労働分配率と人件費控除後粗利益の比較まとめ
| 項目 | 労働分配率 | 人件費控除後粗利益 |
|---|---|---|
| 何を見る指標? | 人件費の重さ・構造 | 人件費を払った後に残る粗利 |
| 利益とのつながり | 弱い | 強い(利益・返済と直結) |
| 改善行動への導線 | 弱い | 強い(Q・P・C改善) |
| 人件費過大の判断 | 本質が見えない | 量(時間)×価格(時給)で判断可能 |
8 結論:労働分配率は「判断基準」ではなく“補助的な確認指標”にすぎない
労働分配率は構造を知るには便利ですが、
「高い=悪い」「低い=良い」と判断してしまうことは極めて危険です。
経営判断に使うべきなのは、
人件費を払った後にどれだけ粗利が残るか?=人件費控除後粗利益です。
人件費上昇が避けられない時代では、
「構造を見る指標(労働分配率)」と「判断に使う指標(人件費控除後粗利益)」を明確に分けることが重要です。
ぜひ、自社の経営指標の見方をアップデートするきっかけにしていただければと思います。
佐藤 修一
税理士法人Accompany 代表
(九州北部税理士会福岡支部所属:登録番号028716) 公認会計士・税理士。全国の中小企業にこれまでクラウド会計導入実績累計300社超、クラウド会計導入率70%超。2022年freee西日本最優秀アドバイザー、マネーフォワードプラチナメンバー。 (株)インターフェイス主催第18回経営支援全国大会優秀賞。 全国各地の中小企業に対して、会計から利益とキャッシュを稼ぐ力を高め、キャッシュフローを重視した節税提案、利益とキャッシュを稼ぐ力を高めるサポートや事業再生支援を行っている。 総勢30名のスタッフで「Warm Heart(温かい心)&Cool Head(冷静な頭)」をコンセプトに個々のお客様ごとにカスタマイズしたお客様に寄り添うサービスを提供している。







